第4章 わっしょい
自分の前で、鬼に立ちふさがるようにそびえる二つの大きな背中。
燃え盛る炎のような羽織と、「殺」と大きく書かれた羽織が風にはためくのが見えたところで、咲はふっつりと意識を失ってしまった。
その後の記憶は無い。
次に気がついた時には、咲は蝶屋敷の広い座敷に寝かされていたのだった。
「目が覚めましたか?」
軽やかな、まるで美しい琴の音のような声がして、咲はそちらに目だけを向けた。
体を動かそうとしたのだが、まるで自分の体ではないかのように重く鈍く、そして全身が軋むようにひどく痛んだ。
咲は声を出そうとしたが、「ケホッ」と乾いた咳が出るばかりで、喋ることができない。
「無理に話そうとしなくて大丈夫ですよ。少し、水を飲みましょうか」
美しい声がさらに近くで聞こえたかと思ったら、フワリと花のような香りとともに、背中に差し込まれた柔らかな手にゆっくりと体を起こされるのを感じた。