第4章 わっしょい
まず最初に、鬼の一番近くにいた父親が襲われた。
鋭い爪と牙によって切り裂かれた肉の間から血が噴き出し、あまりにも突然訪れた凄惨な場面に家族は一瞬唖然となったが、首元に噛みつかれながらも父親が力を振り絞って叫んだことで、皆の体がビクリと跳ねた。
「に、逃げろっ!!」
その声で弾かれた様に動いた祖父が、次の餌食となってしまった。
彼はとっさに自分の息子を助けようとしたのだ。
「ぐっ、あっ」
祖父が血を流しながら膝をつく。
その目の前に立った異形の者は、粗末な着物を着て、身丈も一般的な大人の男くらいの高さで、一見すると人間の様にも見える背格好だった。
だが人間と決定的に違うのは、ギラギラと怪しく光る目玉と、口の中に収まりきらない大きな牙、たった今父と祖父の肉をいともたやすく切り裂いた鋭利な爪があることだった。
その異形の者が、残された家族の方にぐりんと顔を向けて言った。
「いい匂いがするなぁあ~。お前らの中にマレチがいるだろう」
血に濡れた口元を醜く歪めニタリと笑ったその顔に、残された母親と兄妹達はゾッとした。
「くっ」
咲を抱いて逃げようとした母親の背中から、ブシュッと血が吹き出す。
いつの間にか、すぐ後ろに異形の者が立っていた。
「あ゛ぁっ!!」
倒れそうになる刹那、母親は咲の背中を強く押した。
「逃げなさいっ」
どんっ、と突き飛ばされて転がった咲の目の前で、母親の体は鬼の鋭い牙で切り裂かれた。