第22章 番外編 其の参
明朝、任務帰りの桜寿郎が家に立ち寄ってみると、普段であれば玄関まで出迎えに来てくれる咲の姿が無かった。
シン、と静まり返った家の中。
「母上?」
もしやまだお休み中なのであろうか?と思いつつも、咲と杏寿郎の寝室のふすまを細く開けると、布団の上で咲が静かに眠るように亡くなっていた。
「は、母上っ!!」
桜寿郎は転がり込むようにして座敷に入ると、咲の布団の脇に膝をついた。
特に大きな病気をしたこともなく、手足が不自由なこと以外には至って健康体であった咲のあまりにも突然の死に、桜寿郎は信じられない思いでその体に視線を走らせる。
布団の脇から手を差し入れて咲の小さな手を握ると、その手はひんやりとして、桜寿郎の知っている咲の温かい手ではなかった。
桜寿郎の両目から、まるで滝のようにして涙が溢れ出す。
泣き声も出なかった。
驚きと、「そんなまさか」という信じられなさが胸を占める。
だが、握った手の冷たさが紛れもなく咲の死を教えてくれていて、桜寿郎は声も出さずに泣いたのだった。
しばらくは身を震わせるようにして泣いて、少し落ち着いてきた頃、涙で腫れぼったくなった目を上げて桜寿郎は咲の顔を改めて見つめた。
その顔はとても穏やかで、うっすらと微笑みをたたえた、まるで幸福で満たされたようなものに見えた。
それが父・杏寿郎の死に顔と重なって見えて桜寿郎は、
「あぁ、母上……貴女は、最期の時まで幸せだったのですね……」
と、今度こそ耐え切れなくなり嗚咽を漏らしたのだった。