第22章 番外編 其の参
その後杏寿郎は、65歳でこの世を去った。
64歳で亡くなった槇寿郎よりも、ほんの少し長く生きた。
最期の時まで杏寿郎の顔には太陽のような笑顔が浮かんでおり、その明るい表情はとてもいまわのきわの人間のものとは思えなかった。
本当になぜ、あんなにハツラツとしたまま逝けるのだろうかと、棺の中で微笑む杏寿郎の顔を見ながら親族は、葬儀の席ではあったが杏寿郎らしさを想ってついつい笑顔が浮かんでしまうのだった。
杏寿郎の最期の時、父・槇寿郎の時と同様にその枕元には一族の者が集まっていた。
3人の子ども達に、6人の孫、ひ孫が1人に、まさに今腹に宿っている赤子が1人。
姪、子ども達の配偶者に、たくさんの弟子達…。
そして妻と弟。
杏寿郎は集まった者達一人一人に言葉をかけて、ぐるりと一同を見渡した後、枕元に控えていた千寿郎の顔を見上げた。
「千寿郎、俺の最愛の弟よ。もっと近くでよく顔を見せておくれ」
同じく枕元に控えていた咲に握られている手とは反対側の手を伸ばして、杏寿郎は千寿郎を手招きする。
「はい…はい…!兄上、千寿郎はここに」
顔を寄せた千寿郎の頬を、杏寿郎はその大きな手で包み込むようにして撫でる。
「うむ…!やはりお前は、俺の思った通りどんな道を歩んでも立派な人間になった。兄は心から誇りに思うぞ!!」
「あ、兄上…っ」
ボロボロッと、千寿郎の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。
その顔を優しく見つめて、それから杏寿郎は反対側に顔を向ける。
「咲、君と共に人生を歩めたこと、本当に嬉しく、感謝している。俺は君からたくさんのものを与えてもらった。君のことをいつまでも愛しているぞ!!」
握った杏寿郎の手を頬に当てるようにして、咲も涙をこぼした。
「杏寿郎さん、私の方こそ、あなたには返しきれないほどの愛情と喜びをいただきました。今まで本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休みになってください。私も、いつまでもあなた様を想っております」
杏寿郎はにっこりと微笑むと、幸福で満たされたような表情を浮かべ、咲に手を握られたまま穏やかに逝ったのだった。