第22章 番外編 其の参
「気持ちの良い風だ。そう言えば、もうすぐ十五夜だな!」
「そうですね。お月見のお団子、今年は何百個作りましょうかねぇ…」
「うむ!俺はあのさつまいもの団子であればいくらでも食えるぞ!」
「ふふ…、お父様がお作りになったさつまいも畑もちょうど収穫の頃合いですし、たくさん作りましょうね」
「うむ!!」
ニコニコと笑いながら、咲を抱えたまま広い庭を歩いていく杏寿郎。
その足取りは、ふと庭池の前で止まった。
動物が嫌いであった槇寿郎が鯉を入れることをしなかったので、その水面は僅かな波紋を立てることもなく静かに凪いでいる。
槇寿郎は「嫌い」だと言っていたが、その実は「苦手」だったのではないかと杏寿郎は今になって思う。
父・槇寿郎は、その鷹を思わせるような鋭い眼光からは想像がつかないほどに優しく繊細で、愛情深い性格をした人だった。
それは妻・瑠火への深い想いや、孫達への溢れんばかりの愛情表現からも容易に見て取れる。
(優しすぎるがゆえに、別れることがお辛くてならなかったのではないだろうか。…動物は、どうしても人間よりも短命だから)
置いていかれる事の悲しみ。
大切な者の居なくなった世界で生きていかなければいけない辛さ…。
そんな事を考えていたら杏寿郎は堪らない気持ちになってきて、気づけば口から言葉がこぼれ出ていた。
「俺は、どうやら先に行ってしまいそうだ」
月の写りこんだ池の水面を見つめながら静かに言った杏寿郎の横顔を、咲は見つめる。
「君を残していくこと…本当にすまないと思っている」
「…何をおっしゃいますか、杏寿郎さん」
そう言って咲は、杏寿郎の頬をくるむようにして手を添えた。
「もちろん、貴方と別れることは辛く悲しいことです。ですが私は、貴方を置いて行くことの方が辛い。どうか安心してください。私が最期のその時までお側におりますよ」
「咲…。ありがとう」
胸に抱いていた咲の体をさらに高く掲げ、その腹に顔を埋めるような格好で杏寿郎は咲を抱きしめる。
目の前にきた焔色の頭を、咲もまたぎゅっと抱え込むようにして抱擁したのだった。