第22章 番外編 其の参
「ははうえ」や「ちちうえ」は覚えられても、なかなか「おじいさま」と言えなかった桜寿郎。
そんな桜寿郎に、槇寿郎はこっそりと自身のことを「じいじ」と教えていたのだ。
それを咲に勘付かれた時のあの槇寿郎の顔。
バツの悪そうな、秘密がバレてしまった少年のような顔がとても可愛くて、その思い出は今でも咲の胸を温かくする。
だが、その出来事を実は咲は杏寿郎に話していない。
それどころか家族の誰にも話したことはなかった。
誰にも気づかれないようにそっと静かに、あの優しい出来事を己の胸の内だけで温めていたのだ。
だがそれもそろそろ良いだろうと思って、ゴクゴクと美味しそうに喉を鳴らして麦茶を飲んでいる杏寿郎に話して聞かせたのだった。
「なんと!!そんな出来事があったのだな!」
杏寿郎は目を丸くして声を上げた後、嬉しそうににっこりと微笑む。
その下がった目尻のまま柔らかく咲の顔を見て、
「だが、なぜこんなに時間が経ってから教えてくれたのだ?」
と訊ねた。
その問いに、咲は苦笑いをしながら言った。
「…お父様がお恥ずかしくないように、と思いまして。でも、確かに時間が経ち過ぎてしまいましたね」
咲は照れ屋な槇寿郎が気まずい思いをしないようにと気遣って、この事をずっと黙っていたのだ。
そんな咲の思いやりを察した杏寿郎は、キューンと胸が幸福で苦しくなる。
「あぁ、俺は君のそういう優しいところが大好きだなぁ!!愛しいな、咲!!」
まっすぐな杏寿郎の言葉に、咲は嬉しいのと恥ずかしいのとで、頬を桃の花のように染めたのだった。