第22章 番外編 其の参
「最後に父上は、本来の父上の姿に戻ることが出来たのだろう。俺はな、俺はそれが…とても…っ」
杏寿郎の声が、喉で詰まってしまったように止まる。
前を向いていた顔は、ガクンと首から折れて深く伏せられた。
その様子に咲は静かに縁側から立ち上がり庭に降りると、隣に座る杏寿郎に向かい合うようにして立った。
それからゆっくりと手を伸ばし、微かに震えているその大きな体を優しく抱きしめたのだった。
「…うっ、ぅ……」
小さな嗚咽が杏寿郎の喉の奥から漏れ出ている。
その広い背中を何度もさすりながら、咲は胸の前にある柔らかな黄金色の髪に唇を寄せた。
ぐっ、と杏寿郎の腕が背中に回されて、体を抱え込まれるように引き寄せられる。
ぎゅうう、と杏寿郎の顔が咲の胸に押し付けられる。
それは抱きしめるというよりも、すがりついていると言った方が正しいかもしれなかった。
咲は、胸に押し当てられている杏寿郎の頭をいだくように抱きしめながら、こんな風に泣く杏寿郎を見るのは初めてのことではないだろうかと思った。
子ども達の成長を目の当たりにして感動のあまり泣いているところは度々見たことがあったが、そういう時の泣き顔は両目をカッと見開いて、その大きな瞳からダバダバと滝のように涙を溢れさせている感じだった。
杏寿郎の押し殺した泣き声を聞きながら咲は、先ほど杏寿郎が言おうとして詰まってしまった言葉の続きはもしかしたら、
「嬉しかったのだ」
ではなかったのだろうかと想像し、その後も何度も何度もその震える体をさすってやったのだった。