第22章 番外編 其の参
だが、そんな風に若々しく元気な槇寿郎であったが、やはり彼も生身の人間。
年齢と共にその体には少しずつ衰えが見え始めていった。
少しずつ少しずつ、食事の量が減り体も痩せていき、今までは風邪などひいたこともなかったのに、たまに微熱を出して床につくことも増えていった。
そしてある冬の寒い日の朝、64歳になった槇寿郎は家族達に見守られながら穏やかにこの世を去ったのだった。
いまわのきわ、枕元に集まった家族達に槇寿郎は、今まではどうしても素直に言葉にすることの出来なかった思いを伝えてくれた。
穏やかな顔をして布団に横たわる槇寿郎の、老いてもなお力強さをたたえている大きな手を咲が握り締めている。
その咲の顔を見上げながら、槇寿郎が穏やかな口調で話し始めた。
「咲、君が我が家に来てくれて…杏寿郎のもとに嫁いでくれて、我が家は本当に明るくなった。…俺が消してしまった家族の灯りを、君が優しく点(とも)し直してくれた。瑠火に…妻に良く似た君が、杏寿郎と夫婦(めおと)になってくれて、俺がどれほど嬉しかったことか…」
普段は鋭く細められている槇寿郎の瞳が、優しく揺れながら咲の顔を見つめている。
「お父様…」
咲は、握った槇寿郎の手をさらにしっかりと握る。
もし自分に左手もあって、両手でその手を包み込むように握れたらどれほど良かっただろうと咲は切に思った。
「君が煉獄家の糸を繋いでくれたおかげで、俺はこうして孫やひ孫の顔まで見ることができ、こんなにも穏やかな最期を迎えることができた。これほどの幸せな人生はない。心から感謝している。俺はとても幸せに過ごさせてもらった。君には感謝の言葉しかない、感謝をしてもし尽くせない」
「…っ」
咲の両目から、ボロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それを見た槇寿郎はふっと穏やかに微笑んで、それから反対側に顔を向けた。