第22章 番外編 其の参
とにもかくにも、そういった訳で今この家には杏寿郎と咲しかいない。
「咲…」
サラリと、杏寿郎の指が咲の髪を梳く。
その優しい手つきに、咲もドキンと胸を揺らして杏寿郎の顔を見上げた。
うっすらと目元を赤く染め、口元に優しい笑みが浮かんでいる。
杏寿郎が肌を触れ合わせる時によくする表情であった。
「杏寿郎さん…」
咲もまた杏寿郎の頬に手を伸ばして、女の頬とは違って引き締まった、だが男にしては滑らかなその肌を手のひらですり、と優しく撫でる。
今、家には自分達以外誰もいないと思っている二人は、並んで座っていた距離をスススと近づけていくと、チュッと唇を触れ合わせるだけの口づけをした。
唇に触れる柔らかな温もりが、何よりも心地良い。
つい、もう一度と思って唇を寄せた。
その時だった。
「父上、母上、ただいま戻りました!」
スラリと障子を開けて桜寿郎が座敷に入ってきたのだ。
「!」
桜寿郎の目に、陽の光の中で幸せそうに口づけを交わしている両親の姿が飛び込む。
目の前の咲に意識が集中するあまり周囲の気配への注意がおろそかになっていた杏寿郎は、突然現れた桜寿郎の姿にぎょぎょっとして飛び上がった。
「よっ、よもや!桜寿郎っ、帰っておったのかっ!!」
「おっ、桜寿郎っ、お、お帰りなさいっ」
真っ赤になりながらアワアワとする両親。
それを見た桜寿郎は、少し頬を染めつつもニッコリと笑う。
慌てふためく両親の姿がまるでウブな少年少女が照れているように見えて、何とも可愛く愛おしく感じたからだ。
桜寿郎はずんずんと二人の方に向かって歩いて行くと、後ろから二人を包み込むようにガバッと抱きしめた。