第22章 番外編 其の参
それからまた数年して、千寿郎は独立し近所にある別宅へと移った。
咲が三番目の子を身ごもったことでますます屋敷が手狭になることと、成人したからには次男である自分は実家から独立しなければならないというのが、千寿郎の主張であった。
「今まで通り本宅には顔を出しますし、咲さんのお手伝いもいたしますからご安心ください」
咲の日々の家事負担や、出産にかかる準備などについて千寿郎が穏やかな笑顔を浮かべながら言う。
「ありがとう。でも、千寿郎さんもお役目があることですし、そちらを第一に優先してくださいね」
「はい」
咲の言葉に、こっくりと頷く千寿郎。
そんな風に言葉を交わしている二人の横で、杏寿郎と槇寿郎の表情はどこか暗かった。
「むぅ、千寿郎、屋敷にはまだ空き部屋もあることだし、特に気にすることはないのだぞ?」
「…どうしても出て行くのか、千寿郎」
まるで今生の別れであるかのような曇った表情を浮かべる二人に、千寿郎は苦笑する。
「兄上、父上、ご心配なさらずに。出て行くと言ってもすぐ近くの別宅に移るだけです。できる限り顔は出しますよ。それに俺ももう立派な成人。父上や兄上に甘えることなく己の力だけで生活してみたいのです」
「むう…」
それでもどうしても寂しさが拭えないらしい杏寿郎と槇寿郎に、咲も苦笑いする。
「杏寿郎さん、お父様、そんなお顔をなさっていては千寿郎さんが困ってしまいますよ」
咲の言葉に、その横に控えている桜寿郎と火凛が「うんうん」と頷いているのを見て、杏寿郎と槇寿郎も腹をくくらざるを得なかった。
幼い子どもらが納得して笑顔で千寿郎を送り出そうとしているのに、いい年をした自分達がいつまでも駄々をこねている訳にもいかないと思ったからだ。