第21章 番外編 其の弐
千寿郎は、さすがに杏寿郎から長年剣の指導を受けていただけあって、一般人よりも感覚は鋭い。
加えて自身も男であることから、周囲の男達から咲に向けられる好奇の視線には気付いていた。
咲は、本人はあまり自覚していないのだが、非常に魅力的な容姿をしている。
整った顔に、小柄で華奢な体、健康的な長い黒髪に抜けるように白い肌。
品の良い着物を着て、丁寧に振舞うその所作。
例え片腕片足が無かったとしても、多くの男がその姿に一度は目を奪われてしまうことを知っていた。
「わぁ、煉獄家の若奥様だぁ。今日もお綺麗だなぁ、お可愛らしいなぁ」
という好意的な視線であれば全く問題ない。
だが、
「わぁ、可愛いなぁ。是非ともお近づきになりたいなぁ」
という下衆な視線は断固お断りであった。
だからそういう視線を感じた時には、
「俺の姉上に何か手出ししてみろ…ただじゃおかないぞ…」
という殺気を、咲には気づかれないように密かに、だが邪な視線を送ってくる男達には確実に届くように発していたのだ。
18歳を超えた千寿郎は、杏寿郎に比べたらややほっそりとしているものの、それでも杏寿郎とほぼ同程度の上背があり、長く伸ばした焔色の髪は高く結い上げられ、十分な迫力を持った金色の獅子へと成長していた。
普段はニコニコと温厚な笑みを浮かべているが、そのキレ顔には相当の迫力がある。
おそらく煉獄家の男達の中で怒らせたら一番怖いのは千寿郎である。
普段が温厚なものだから、その落差が凄まじいのだ。
だがそんなキレ顔は決して咲に見せることはしない。
そういう顔をする時は必ず背を向けている。
だからさすがの咲でも、千寿郎のその顔のことは知らなかった。