第21章 番外編 其の弐
母親の隣をズンズンと歩く桜寿郎は、まっすぐに目の前を見つめながらも時折道端にも視線を落としていく。
体の不自由な母がつまずかぬよう、道に障害物となるような物が落ちていないか目を配っているのだ。
道に石などが落ちていたらさりげなく蹴り飛ばしておくし、荷物が置かれていれば道の端に寄せる。
桜寿郎はとても母親思いの息子であった。
優しく、美しいこの母のことが大好きであり、男として生まれたからには母を何事からも守らなければ、という使命感にも似た強い思いを幼い頃から抱いていた。
きっかけは、咲の手足が無い理由を教えてもらった時だったと桜寿郎自身は記憶している。
この華奢で、いつも藤の花のかぐわしい香りをまとった母が、その身に受けてしまった不幸。
こんなに美しい生き物に、そんな脅威を与える者が存在するなどとはにわかには信じられなかったし、それを知った時には腹の底から煮えくり返るような怒りも感じた。
父からの話を聞いて、母は決して守られるだけの女性ではないということは分かっている。
しっかりと自分の力で道を切り開いて生きてきた強い女性であるということも理解している。
だがそれでも桜寿郎は、この美しく、時に儚げに見える母のことを守りたかったのだ。
桜寿郎は、出がけに玄関まで見送りに出て来てくれた千寿郎が言った言葉を思い出す。
「桜寿郎、母上様をしっかりお守りするのですよ」
その言葉に、
「はい!!叔父上!!」
と、桜寿郎は目を見開いて大きな声で返事をしたのだった。