第20章 番外編 其の壱【R18含む】
そんなある日、咲がいつものように桜寿郎の面倒を槇寿郎に頼み、台所仕事を手早く終えてから二人の待つ座敷に戻ってくると、あぐらをかいている槇寿郎の肩につかまるようにして桜寿郎が立ち上がっていた。
ちなみに桜寿郎は、こちらもおそらく父親譲りだろうが、歩き出す時期も早かった。
槇寿郎の着物につかまった桜寿郎がキャッキャと楽しそうな笑い声を上げながら、
「じいじ」
と呼んだ。
「…!!桜寿郎!」
ついに槇寿郎のことを呼べたのだと思い、咲は嬉しくなってつい駆け寄ってしまう。
だが、「じいじ、じいじ」と楽しげに繰り返している息子を見つめながら、ハタと気がついた。
咲も杏寿郎も、「おじいさま」としか教えていない。
思わず槇寿郎の顔を見ると、優しい眼差しで桜寿郎を見つめていた表情が、瞬時にボンッと赤くなった。
「む…むぅ!お、俺は、何も言っておらんぞ!!」
そう言って槇寿郎はガバッと立ち上がると、逃げるように座敷から出ていこうとする。
「う?」
と、突然離れていった槇寿郎の後を追うように桜寿郎が駆け出した。
だが、まだまだ歩みもたどたどしい時期なので、数歩もいかないところで転んでしまう。
「あぶ」
と顔面から盛大に倒れ込んだ桜寿郎に咲がギョッとして助け起こそうとした時、それより早く槇寿郎が飛び戻ってきて、桜寿郎を抱き上げた。
「大丈夫か!桜寿郎!!」
「あー!じいじ!!」
鼻とおでこを赤くしながらも、痛みを感じていないのか、それとも目の前に来てくれた槇寿郎に気を取られているのか、桜寿郎はきゃーっと嬉しそうに声を上げて笑った。
そのあまりにも無邪気な様子に槇寿郎は一瞬ポカンとしたが、思わずプッと笑い出してしまった。
「あぁ、そうだ!じいじだ!!桜寿郎、お前は強い子だな!!」
そう言って槇寿郎は、ぐるぐると回りながら何度も「高い高い」をした。
この上なく楽しそうな息子と、普段の仮面を取り去った義父の笑顔。
そんな光景に、咲の顔にも満面の笑みが浮かぶのだった。