第20章 番外編 其の壱【R18含む】
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夕方頃になって、槇寿郎と千寿郎が帰宅した。
二人の手には、宣言通りうな重の弁当がぶら下げられていて、それは弁当箱というよりも、もはやお重と言ってよい量と大きさだった。
大食いの杏寿郎のために、大量に買ってきてくれたのだ。
夕飯の支度はしなくてよいと言われていたものの、お吸い物くらいはと思って咲は三葉をあしらったさっぱりとしたものを作っていた。
料理は杏寿郎も手伝ってくれている。
それが丁度出来た頃に、二人が帰ってきたのだ。
その晩、槇寿郎達が買ってきてくれたうな重をみんなで食べながら、千寿郎から本日のお出かけについての話を聞いた。
「歌舞伎がとても素晴らしくて!それに、本屋では大仏次郎の『鞍馬天狗』を父上に買っていただきました!!」
普段はあまり見せないようなはしゃいだ様子で話している千寿郎の姿を、杏寿郎と咲はニコニコと微笑みながら見つめる。
槇寿郎は、普段通りの仏頂面をしてぼそぼそとうな重を食べ進めていたが、その口元が優しく緩んでいることに杏寿郎達は気づいているのだった。
「帰りにはカフェーにも寄って、シベリアを食べました!」
「ほう!シベリアとはどのような食べ物なのだ?兄にも教えてくれ千寿郎!」
嬉しそうに話す弟に、ニコニコと杏寿郎が質問する。
「はい兄上!羊羹をカステラで挟んだもので、さらには生クリームと呼ばれている白くて甘い練り物も挟まれているお菓子です!」
「ううむ、それは実に甘そうだな!!」
顎に手を当てて唸る杏寿郎に、お吸い物をすすっていた槇寿郎が珍しく口を開いた。
「胸焼けがするほど甘かったぞ」
「なんと!父上も召し上がられたのですか!それはそれは…」
モダンなカフェーの一席に座って千寿郎と一緒に甘味を頬張っている父の姿を想像し、杏寿郎は思わず笑い出したいのをこらえながら、必死で「ううむ」と唸っているフリをした。
だがこれ以上は堪えきれないかもしれないと思った時、ふと咲の顔に目をやると、その両目がキラキラと輝いているのが見えた。
(やはり女性は甘味が好きなのだな!)
ならば、と思って杏寿郎は言った。
「咲、今度我らも食べに行ってみるか!」
杏寿郎の提案に、咲は嬉しそうに
「はい!」
と笑顔で頷いたのだった。