第17章 月がとっても青いから
「咲と何かあったのか?」
ダメ押しのもう一言を投げかけると、やっと意識がこちら側に戻ってきたらしい杏寿郎が、いつもよりも随分と覇気のない口調で言った。
「うむ。…実は咲に結婚を申し込んだ」
それを聞き、ブハッと、宇髄は吹き出す。
ついこの間まで門前でウロウロしていたような奴が、一気に当主の部屋まで踏み込んでいったかのような、あまりにも急激な進展に驚いたのだ。
何かあったのだろうなとは思ったが、まさかいきなりここまでの突撃を見せるとは。
さすがは思い切りの良い男・煉獄だ、と妙な納得感が宇髄の胸を占める。
だが、何はともあれめでたい。
「そうかぁ!ついに言ったか!!で、祝言はいつだ?」
「それがな、まだ返事をもらえていないのだ」
咲が消えていった道の先を、まだ見つめたまま杏寿郎は言う。
「え?!なんでよ?まさかとは思うが、咲が渋ったのか?!」
「いや、返事を聞く前に俺が部屋を出てきてしまったのだ。…あまりにも驚いた顔をしていたからな」
「はっはーん」
何だか、その場の光景が目に浮かぶ様である。
杏寿郎はこの通り、いついかなる時もハキハキと話す男だ。
きっと結婚の申し込みをした時も、そんな感じだったに違いない。
そして一方の咲は、内容が内容だっただけにその勢いに面食らってしまい言葉が出てこなかったのだろう。
とことん不器用な二人だ。
「まぁ、だったら今日、その“お返事”が聞けるんじゃねぇか?今夜、お前んちに行くって言ってただろ」
珍しく不安げな表情を浮かべている杏寿郎を励ますように、その金色の髪をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫で回して宇髄は言う。
「う、うむっ」
腕の下にある杏寿郎の体が、緊張したようにギシッと固まるのを感じて、何だか宇髄はむず痒いような、微笑ましいような気持ちになる。
「後でちゃんと俺様にも報告しろよ」
バン、と宇髄は勢いよく杏寿郎の背中を叩いた。
この可愛い弟分の恋が、無事に実ることを願わずにはいられないのだった。