第16章 つりあい
だが炭治郎はなおも、ニッコニコとして咲の顔を覗き込む。
「それで?もちろんお受けするんだろう?」
「うっ…そっ、それは…、その…」
咲の言葉は何故か歯切れが悪い。
少しの沈黙の後、うつむき加減の咲の口から、絞り出すようにして言葉が発せられた。
「……実は……まだ、お返事をしていないんです……」
「えっ、どうして!?」
びっくりして、炭治郎は目を丸くする。
「……」
先ほどまで真っ赤に染まっていた咲の頬から、何故か徐々に色が抜けていく。
(…あれ?どうしたんだろう、この匂い……)
先ほどまで恥ずかしそうにしていた咲の体から、今度は何か迷っているような匂いがし始めたのだ。
「どうしたんだ咲?何か心配なことでもあるのか…?もし気がかりがあるのなら、俺が相談に乗るぞ?」
すっかり兄のような気持ちでいる炭治郎は、うつむき加減になっている咲の顔を覗き込む。
少し眉を下げて困ったような表情のまま、咲は弱々しく言った。
「…杏寿郎さんのお相手が、私のような者で本当に良いのかと、つい思ってしまって……」
咲は縁側からぶら下げていた右足をそっとさすった。
「ご覧の通り私は片足がありません。…こんな事を言っても意味がないことは分かっていますが……、…私は、どうしても……この体が恥ずかしい。なぜこんな体になってしまったのだろうと……どうしても考えてしまうのです。…足が二本ちゃんと揃った女性のことが羨ましくて仕方がない……」
まるで雨樋から落ちてくる雫のように、ポツリ、ポツリ、と咲は言う。
「咲…」
その押し殺したような横顔を見て、炭治郎は咄嗟にどう声をかけてやれば良いのか分からなかった。
「そうか…そうか…」
とただそれだけを繰り返して、咲の小さな背中をさすってやる。