第16章 つりあい
わあーっ、といちいち湯が沸いたように騒がしくなるのを微笑ましそうに見ている咲に、手は握ったまま炭治郎が首を傾げる。
「ところで咲、今日は何でここに?」
「あ、はい、私が来たのはですね…」
ニコッと笑顔を浮かべる咲。
だが何となく、その笑顔がしのぶの微笑に似ているように見えて、たらりと炭治郎達の顔に汗が浮かんだ。
「皆さんからの経費請求の書類、少し誤りが多いのでご修正頂きたく参上いたしました」
そう言って咲が鞄からごっそりと取り出した紙の束を見て、
「ひょえっ」
と、唯一善逸だけが声を発することが出来たのだった。
夕方頃、長く続いた書類の修正作業はやっと終了した。
慣れない書類仕事に、柱稽古を受けた時以上に疲弊した様子で畳に寝転んだ三人は、げっそりと痩けた顔をして言う。
「アイツ…普段は弱っちいくせに、たまに逆らえない空気があるぜ…」
猪の被り物の下で、伊之助がボソリと言う。
「ううっ…咲ちゃんって、意外とスパルタ……」
精根尽き果てたように涙をさめざめと流す善逸に、疲れた表情をしながらも炭治郎が言う。
「だけど、俺達が間違えたのがそもそも悪いんだから……」
咲は普段は柔らかい笑顔を浮かべていることが多いので忘れかけていたが、非常にストイックに仕事に取り組むタイプなのだ。
初めて出会った時のキリッとした表情を思い出す。
笑うと年齢よりも幼く見える可愛らしい顔も、真面目な顔をすると有無を言わせない迫力を放つ。
そんなふうにぐったりとしていた三人のもとへ、箱膳を掲げるようにして持った ひさ がやって来た。
「お夕食の準備が出来ました」
ひさ の後ろにはいつの間にか咲が控えていて、同じように箱膳を運んでいる。
「親分、ひさ さんが天ぷらを作ってくださいましたよ」
「天ぷら!!」
それを聞くと先ほどまでの疲れなど吹き飛んでしまったかのように、伊之助は畳からビョンと飛び上がった。
その姿を見てニッコリと笑った咲の表情が、普段の柔らかいものに戻っていたので、炭治郎と善逸は密かにホッと胸をなでおろしたのだった。