第15章 離れていても君を想う
〇
「咲!!咲ッ!!!」
目の前で炎が燃えている、と思った。
「咲ッ!!」
「…あっ!!」
ガバッと飛び起きると、すぐ横に杏寿郎の必死な顔があった。
咲はいつの間にか、町外れの茶屋の細長い椅子に寝かされていた。
椅子の横には膝をついてしゃがみ込んだ杏寿郎と、ほとんど涙目になっている数名の隠が咲のことを囲んで立っていた。
「あ…私……」
咲は頭に手を当てる。
あの後の記憶が一切思い出せない。
鬼の姿が消えたかと思ったら、次の瞬間には気を失っていた。
背中に鈍い痛みがあるところから考えると、おそらくあの鬼に当て身でも食らわされたのだろう。
だが、それならばなぜ自分はこんなところで寝ていたんだろう?
よしんば目覚めたとしても、それは鬼の腹の中のはずではないか?
状況が全くつかめずに硬直している咲のことを、堪えきれなくなったようにガバッと杏寿郎が抱きしめた。
その大きな体が小刻みに震えていることに気づいて、咲はびっくりして杏寿郎の顔を見上げる。
見下ろしてくる大きな瞳には、咲が今までに一度も見たことの無い色が浮かんでいた。
不安と恐怖が混じり合い、そこに悲しさを加えたような、いつも太陽のようにハツラツとしている杏寿郎の明るさがまるで無かった。
杏寿郎のこんな目を見るのは初めてのことだった。
「一体何があったと言うんだ咲…!!体中傷だらけではないか!おまけに首にも怪我をしている…!!」
杏寿郎の少しだけカサついた大きな手が頬に添えられて、その感触で初めて、自分が頬を擦りむいていることに気付いた。
「首…」
怪我をしていると指摘されて思わず手をやった時、咲はぎょっとした。
首に、まるで止血するかのように布が巻かれていたからだ。
「え……?」
まさかあの鬼が、自分をここまで運び、首の傷の手当てをしてくれたのだろうか…?
困惑があまりにも大きくて、咲はしばらくの間、杏寿郎の腕の中で言葉を失っていたのだった。