第15章 離れていても君を想う
一歩、鬼が足を踏み出した。
「……っ!」
咄嗟に咲は身構えたが、鬼は意外な行動に出た。
勢いよく振り上げられた鬼の足は、しゃがみ込んだ咲の頭上を旋回し、いつの間にか背後から近づいてきていた鬼の首を蹴り飛ばしたのだった。
ハッとして咲が辺りを見回すと、あちこちの茂みの影から、爛々と光る獰猛な瞳がいくつも覗いていた。
「お前の血のせいで、鬼どもが集まってきたようだな」
感情の読み取れない声でそう言って、鬼はまるで旋風のように、集まってきた鬼達を蹴散らし始めた。
その戦いぶりは圧倒的で、やはり先ほど感じた通り、並の鬼ではないことが分かった。
あっという間にあたり一面を血の海にして、咲から数メートル離れた暗がりに立つ鬼。
そのシルエットは、先ほど川向こうに見えた人影とそっくりであった。
(あの人影は……、この鬼だったのか)
蹴散らされた鬼達は首が飛び腕がちぎれ、惨憺たる有様だったが、それでも死ぬことはないので、各々に吹き飛ばされた体の部位を拾い集めると森の奥へと逃げていった。
「さて…」
くるり、と顔をこちらに向けた鬼が、もう一度咲を見る。
その視線はやっぱり、凪いだ海のように静かなものだった。
「俺は女は食わないし、食われているところを見るのも好かない」
そう言うと、ふっ、と鬼の姿は消えた。
え、と思った瞬間、まるで目玉が回るようにぐにゃりと世界が揺らいで、咲の視界は真っ暗になったのだった。