第15章 離れていても君を想う
「お前、この濃い血の匂い…稀血か」
頭上から声がして、咲がゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に男が立っていた。
一見すると二十歳前後の青年のように見えるその風貌。
だがその顔面から、はだけた上半身、筋肉質な腕から裸足の足の先に至るまで独特の紋様が浮かび上がっていて、一目で鬼だということが分かった。
鬼は静かに咲を見下ろしたままつっ立っていて、襲ってくる素振りも見せないし、凪いだ水面の様に静かな表情をしていた。
だがその静かな佇まいと反して、鬼のまとう気配は、今まで出会ったどんな鬼のものともまるで違っていた。
静かなのに、まるで押しつぶされてしまいそうな禍々しい雰囲気が渦巻くように鬼からにじみ出ている。
その凄まじい存在感に、咲はヒュッと首を絞められたようになって声が出なかった。
ゴクンと唾を飲み込むと、喉の動きに合わせて先ほど負った首の傷が鈍く傷むのを感じた。
(稀血だと…ばれている…どうしよう……この鬼はきっと、相当強い。……逃げ切れないかもしれない)
鬼の両目で見据えられて、咲の額には脂汗が浮いてくる。
だがその鬼は、じっと咲のことを見下ろしているだけで、一向に動こうとはしないのだった。
咲はそろそろとゆっくり体を起こすと、出来るだけ鬼を刺激しないように少しずつ後ずさった。
ズリズリと、いくらゆっくりと動いていても、地面を這いずるような音が響いてしまう。
その時、スッと、音もなく鬼が腕を上げて、咲の片足を指さした。
「お前、その足はどうした」
鬼が指差す先には義足があり、鬼は物珍しそうにしげしげとそれを眺めていた。
「お前は鬼狩りか?」
じっ、と縦長の瞳孔が、今度は咲の顔に向けられた。
何の感情もない、どこかポカンとしたような間の抜けた顔。
「…私は、剣士じゃない。でも、鬼殺隊だ」
ここで嘘をついたところで意味がない。
そう思って咲はキッと鬼を睨み返しながら言った。
「そうか。だがお前は弱い。いずれ食われてしまうぞ」