第12章 雨宿り
じっとしたまま黙ってしまった咲に、杏寿郎がちょっと確認するように声をかける。
「咲?大丈夫か?」
その声にハッとして咲が顔を上げると、その顔を見下ろして杏寿郎はにっこりと笑った。
(…あ)
その穏やかで優しい笑顔を見た瞬間、咲の脳裏には、煉獄家でお世話になっていた日々のことが次々と浮かんできた。
(そうだ…あの頃からずっと、杏寿郎さんはいつだってこうやって私のことを気にかけてくださっていた。まるで本当の兄のように)
家族も右足も失って、絶望のどん底に落とされたような気持ちになっていたあの頃。
私のことを引き取ってくれた煉獄家では、杏寿郎さんも、千寿郎くんも、槇寿郎さんも本当に良くしてくれて、まるで本物の家族のように温かく受け入れてくれた。
あの優しさが、鬼によって引き裂かれてしまった自分の心にどれほど沁みたことだろう。
だけどそんな満たされた日々の中でも、やはりふと、亡くなった家族のことを思い出して涙が止まらなくなってしまうことがあった。
特に、夜に縁側で月を見ている時なんかに、あの夜のことを思い出してしまうのだ。
そんな時はいつもこうやって杏寿郎さんが肩を抱いてくれた。
ポンポンと優しく背中を撫でて、太陽みたいににっこりと笑ってくれた。
(そうすると涙なんて、いつの間にか引っ込んでしまうんだ)
そう思ったら、先ほどまではバクバクと破裂しそうなほどに鼓動していた心臓が落ち着いてきて、緊張していた身体から徐々に力が抜けていくのを咲は感じた。