第12章 雨宿り
(あぁこの方は、なんてお優しい方なのだろう。私は…この方の事が大好きだなぁ。”大好き”などという言葉では言い表せないくらい、心の底から尊敬しお慕いしている…)
咲はゆっくりと首を倒して杏寿郎の胸に頬を寄せた。
(このように接してくださるのは、杏寿郎さんが私のことを妹のように可愛がってくださっているからだ、ということはわきまえている。その思いを踏み越えようとするのが分不相応だということも分かっている。…でももう少しの間だけ……、妹のふりをして甘えさせてもらってもいいかな……)
すうっ、と息を吸うと、おひさまのような温かい香りがする。
その香りに包まれているだけで、咲はどうしようもないほど幸せな気持ちになるのだった。
一方の杏寿郎の胸中はというと、こちらは大変な騒ぎになっていた。
(よもや、これは!!!)
ブワワッと、杏寿郎の両頬は燃えるように熱くなる。
最初は本当に純粋に、何の下心も無く、雨に濡れた咲が体温を奪われて体調を崩してしまうことを心配していた。
自然に体が動いていたのだ。
そう、まるで弟の千寿郎にやってやるように。
だが、咲が自身の胸に頬を付けて寄りかかって来た時に、唐突に我に帰ったのだ。
全集中の呼吸で常に制御しているはずの心臓が、今にも口からまろび出てしまいそうなほどに飛び跳ね始める。
(集中!!)
杏寿郎は、全神経を胸に集中させて、まるで気が狂ったかのようにドンドコと鼓動を打ち鳴らしている心臓を必死で押さえ込んだ。
そうでもしなければ、胸にピタリと顔を寄せている咲に、このうるさい音が聞こえてしまいそうだったからだ。