第10章 産屋敷財閥に任せなさい
「煉獄さん!」
「杏寿郎さん!」
図らずも二人の声が連動して、氏名を呼ばれた杏寿郎は、「うむ!」と笑顔を見せた。
「何やら楽しそうに話していたが、一体何の話をしていたのかな?」
ややつり目ぎみの大きな瞳でじいっと見つめられる。
咲はダメでもともとで、思い切って杏寿郎のことも誘ってみることにした。
「あの、杏寿郎さん、これから活動写真を見に行くのですが…、もしお時間があれば一緒にいかがですか?」
「もちろん行こう!」
間髪入れずに杏寿郎は即答する。
「えっ、あっ」
そのあまりの速度に、聞いた咲の方が面食らったほどだったが、杏寿郎の嬉しそうな顔を見て、咲はへにゃりと顔を緩ませた。
ほっと安心して、つい口調まで緩んでしまった。
「良かったぁ」
「ん゛っ!!!」
その笑顔を真正面から見てしまった杏寿郎は、口元を押さえて上を向いた。
思わず、愛い!!と叫んでしまいそうになったからだ。
だが炭治郎の手前それもできないので、杏寿郎は必死で普段の様子を装う。
「そうと決まれば、さっそく行こうではないか!」
「はい!じゃあ炭治郎さん、行きましょう!」
ニコッと咲が振り返り、炭治郎を呼んだ。
その瞬間、炭治郎は今までに一度も見たことのない杏寿郎の表情を目の当たりにしたのだった。
「よもっ!?」
振り返って炭治郎を呼んでいる咲の、背後に立っている杏寿郎。
いつもはキリリと上を向いている男らしい眉が、まるで脱力しきったようにシュンと下がり、心なしか目まで下にたれた。
口元から笑みが消え、何というか、全体的に勢いが死んだ。
まるで別人のようなしょぼくれた顔である。