第9章 人の気も知らないで
「……昼間の、父上の発言のことだが」
そう切り出した時、少し咲の肩がピクッと揺れたような気がしたが、表情はいつも通りだったので、杏寿郎は言葉を続ける。
「多目に見て欲しい。父上は、君のことを大層気に入っているんだ」
その言葉に、咲は驚いたように顔を振った。
「そんな、多目に見るだなんて……。むしろ私は、おじさまにそこまで可愛がっていただいていることを感謝しています」
そう言ってから咲は、ちょっと言いにくそうな顔になる。
「……むしろ杏寿郎さんの方こそ、私などを嫁にと言われてご迷惑だろうと……そちらの方が申し訳なく感じています」
その横顔を見て、心底からそう思っているらしい事が分かり、杏寿郎はムフーと鼻から大きく息を吐いた。
そして、ややうつむき加減になっている咲の頭に手を乗せる。
「君はどうも自分の事を軽んじるクセがあるな。君は立派な人間だ!俺は少しも迷惑だなどとは思っていない。自信を持て!」
そのままワシャワシャと撫でると、咲が、それはもう可愛いらしい笑顔を浮かべて顔を上げた。
「はい!師範」
久々なその呼び方とその笑顔に、杏寿郎は胸を鷲掴みにされたような苦しさで窒息しそうになる。
そんな甘酸っぱい苦しみに悶えている杏寿郎を目の前にして、咲の脳内では全く別の思考がなされていようとは、杏寿郎もまさか思いもしなかった。
(あぁ、やっぱり杏寿郎さんは素晴らしい方だな。なんて出来たお人なのだろう)
と、咲はますます杏寿郎の人格の清廉さに尊敬の念を深めていたのだった。