第9章 人の気も知らないで
だが一方の咲としては、杏寿郎の事をもちろん好いてはいるものの、自分などには分不相応であると思っているため、冗談として受け流すしかない。
杏寿郎のように立派な男性には、もっと大人の、そして家柄的にもつりあいの取れた素敵な女性がふさわしいと思っている。
そう思うたびに自身の胸がひどく痛むことには、全力で目を背けてきた。
それに、杏寿郎はとても優しくしてくれるが、それは自分のことを妹のように思ってくれているからだろうと考えていた。
「なんと!冗談ではないぞ咲!!」
くわっ、と身を乗り出した槇寿郎に、咳き込みながらも杏寿郎が間に割って入った。
「ゲホッ、ゲホッ、ち、父上落ち着いてください!」
「む、杏寿郎、お前これしきのことで動揺するとは、鍛錬がなっていないぞ」
自分のことは棚に上げて槇寿郎は言う。
そんな父親に対して「は、面目ございません」と素直に謝りつつも、杏寿郎は、千寿郎と咲に、
「すまないが、新しいお茶をもらえるだろうか」
と、暗に部屋から出ていくよう言った。