第9章 人の気も知らないで
そんなほのぼのとした空気が流れている中、ガラララッと玄関の引き戸が開かれる音がして、「ただいま戻りました!!」と杏寿郎の威勢の良い声が聞こえた。
ドスドスと、やや早足に歩く音が聞こえ、咲達のいる座敷のふすまがスラリと開かれた。
杏寿郎は咲の姿を確認すると、ニッコリと微笑む。
だが、まずは父である槇寿郎に頭を下げて挨拶をした。
「父上、ただいま戻りました」
「うむ、戻ったか」
槇寿郎は、先ほどまで頭を占めていた「ほっぺた柔らかそう」という思いから連想して、杏寿郎や千寿郎が赤子だった頃のことを思い出しホワホワとしていたが、突然の杏寿郎の登場に、内心慌てて表情を引き締めた。
とことん不器用な人である。
「おかえりなさいませ、兄上」
千寿郎が挨拶をすると、杏寿郎は千寿郎の頭をポンポンと優しく撫でて笑う。
「うむ!千寿郎、ただいま」
それから咲の方を向くと、また一層眩しい笑顔を浮かべた。
「咲、先日の柱合会議以来だな!」
「お久しぶりです、杏寿郎さん。お元気そうで何よりです」
咲も、千寿郎同様に頭を下げて挨拶をする。
そんな咲の隣に杏寿郎はいそいそと座り、「鴉から、君が俺に届け物をしに来たと聞いて戻ってきた!」と大きな声で話し始めた。
杏寿郎はいつでも元気いっぱいなのだが、咲を前にするとその勢いはいつもよりも増すようであった。