第9章 人の気も知らないで
槇寿郎の言った通り、座敷にはすでに茶が用意されていて、先ほど千寿郎が言っていたと思われる柏餅も出されていた。
普段の家事は千寿郎に任せっきりになっていて、槇寿郎はほとんどすることはない。
だが、咲が煉獄家に来てからというもの、ちょこちょこと家事をするようになった。
咲達が杏寿郎に稽古を付けてもらっている時に茶を用意してやることもあり、意外にもその手つきは慣れたものだった。
だが、それもそのはずである。
何しろ、妻が病に伏せってからというもの、隠の手を少し借りたものの槇寿郎は鬼殺任務の傍ら家事もこなしていたからだ。
今まで剣術しかやって来なかった男だから、最初のうちは目も当てられないほどの惨状を呈したが、妻からの助言や隠のサポートにより、槇寿郎の家事能力は次第と向上していったのだった。
「わぁ、美味しいね!この柏餅」
「はい!何でも有名な和菓子屋さんのものらしくて……」
咲と千寿郎が柏餅を頬張りながらキャッキャと嬉しそうに話しているのを、槇寿郎は湯呑片手に目を細めて眺める。
(二人のほっぺたも柏餅のようだな。柔らかそうだな)
と、そんなことを考えている。
もしも槇寿郎のこんな胸の内を杏寿郎と千寿郎が知ったら、驚きのあまり卒倒するであろう。
槇寿郎はとことん不器用な男なのである。
妻を失いふさぎ込んだ時に作ってしまった己の印象を、実の息子達に対してすらいまだに払拭することができていない。