第8章 あなたの笑顔が見たいから
伊黒が出してくれたほうじ茶を飲んで、咲はホッと一息つく。
甘露寺の屋敷を出てからまだ数時間しか経っていないはずだが、何だか色々あったような気がする。
鬼に追いかけられるのは日常茶飯事だが、さすがに森の中を全力疾走したのは疲れた。
それに、伊之助との距離が近くなったことも大きな出来事だった。
茶請けとして添えられた水ようかんを頬張りながら、向かいの席に座った伊黒にチラリと視線を向けると、彼は甘露寺からの手紙をまるで宝物でも扱うかのようにそっと持って、ゆっくりと丁寧に読んでいた。
その眼差しはとても柔らかく、おそらく普段の鋭い伊黒の視線しか知らない者が見たら、びっくりして腰を抜かすことだろう。
だが咲は、この眼差しを見るのは初めてではない。
むしろ見慣れている。
今回のように甘露寺からの手紙を届けるといったことはたまにあることで、その度に伊黒はこんな春の日差しのような眼差しを見せるからだ。
「甘露寺は、元気だったか?」
手紙を読み終えたらしく、伊黒が顔を上げて咲を見た。
手紙を見ていた余韻がまだ残っているらしく、その目元はとても優しい。
「はい、すごくお元気でした!とても美味しいパンケーキをご馳走になり、今度伊黒さんにも食べさせてあげたいと仰っていましたよ」
「そうか」
ニコリと伊黒が微笑む。
伊黒がこんな表情を見せるのは、おそらく甘露寺と咲の前でくらいだろう。