第8章 今日も明日も、明後日も
ドカドカと足音をたて広間に入る。
信長は中央に座り、その正面にあさひを座らせた。
秀吉、三成は入り口付近に、咲は廊下で成り行きを見守る。
しばらくの沈黙のあと、ぼそりと低い声が響いた。
『すまなかった。』
あさひは、驚いて信長を見つめる。
やや納得しない表情だが寂しそうな眼をしていた。
その眼差しで、何もかもが泡のようになくなっていく。
秀吉と三成も、あっさりと謝罪する主君の姿に驚きを隠せなかった。
一人の姫の機嫌が主君を転がすなんて、と信じられないでいる。
『あさひ。』
「はい。」
『着替えてこい。』
「え?」
『着替えてこい!』
「何故ですか?」
『貴様。わからぬのか。』
「わかります。」
『は? では、着替えてこい!』
「わかりますが…
何故着替えなければならないか、直接お聞きしなければ動きません。」
『くっ、貴様、俺を脅すのか?』
「言ってください。着替える理由。その想いを。」
広間に静寂が訪れた。
秀吉、三成は一人の姫に押され始めた主君の姿に息を飲んだ。
そして、漸く到着した光秀もまた、立場の逆転した二人を見て驚き、頬を緩めた。
ふぅ。とため息が聞こえた。
『帰るな。愛している。』
恥ずかしそうに呟く信長を、あさひは優しく見つめた。
「明日も?」
『明日も。』
「明後日も?」
『あぁ、明後日も。永久に、愛している。』
ふわっと、柔らかな風が広間に入った。
信長の側にあさひが近寄り、首筋を撫でた。
『くっ、貴様!』
「これで相子ですね。ふふふっ、着替えてきます。」
『…。あさひ!貴様、謀ったな!』
ふふふっ、と立ち上がると、あさひは足早に広間を出て自室に向かう。
廊下で控えていた咲と、弥七、吉之助にこっそりピースサインをして。
『小娘、やりよったな。』
「わっ、光秀さん! …なんのことですか?」
『しらを切るな。吉之助から聞いた。』
「えっ、信長様には?」
『今回は、言わないでおいてやる。俺もからかい過ぎたからな。』
「はぁ。ありがとうございます。」