第7章 紫陽花の面影
天守から降りてすぐ見える中庭は、軍議の広間からも、自室に向かう廊下からも見える。
初夏が始まると咲き誇る紫陽花。
私は、それが好きだった。
※※※
『光秀、あさひは、また見てるのか。』
『信長様、えぇ。あさひは、本当に紫陽花が好きなようで。』
『軍議が終わって、針り子仕事がなければ声を掛けるまでずっと見ていると咲が話しておりました。』
『秀吉様。あさひ様の紫陽花を愛でる姿はとても優しい眼差しですが… なんだか憂いも含んでいるように見えますね。』
『あぁ、なにか感じるものがあるのかもな。』
桃色、白、青。
鮮やかな紫陽花が咲く庭で、あさひはただ佇んでそれを見ていた。
『あさひ様、そろそろお茶にでもいたしましょう?』
「…お咲。ごめん、また私ずっと…。」
『ふふっ。あさひ様は本当に紫陽花がお好きなのですね。』
「うん。好き。」
『…何か思い入れでもおありですか?』
「…うーん。私の産まれた家に、…咲いてたの。」
『まぁ、そうでしたか。』
「毎年の夏の始めに咲いててね。すごく好きだったんだ。」
『あさひ様が育てていたのですか?』
「ううん、違うよ。
育てていたのは、…お母さんだった。」
『御母上様が…。』
あさひは、自分の両親の話をほとんどしなかった。
話をしたところで、会えるわけでもなく、生まれた世に置いてきてしまった大切な存在を思い出すのが辛くなるだけだと、蓋をして心の奥にしまいこんでいた。
「ふーっ。ねぇ、お咲。今日はお茶菓子、何?」
『え、あ、城下の甘味屋のみたらしです。』
「わぁ、楽しみ。さっ、入ろう。」
『え、もうよろしいのですか?』
「ん? 何が? 紫陽花ならまた見に来るからいいよ。」
にっこりと笑いながら振り返って自室に戻るあさひ。
しかし咲は、その時のあさひの寂しそうな眼差しを見逃さなかった。
※※※
咲は、定期的にあさひの体調や過ごし方など変わったことがあれば秀吉に報告する事になっていた。
その日は、紫陽花を愛でる理由を秀吉に話していた。
『あさひの母上が、か。』
『はい。なんだかあさひ様はとても寂しそうでした。』