第18章 梅薫る、春恋の風
そういうと、あさひは立ち上がり診察の事を信長様に話に行くと言って、部屋を出ていった。
「湖都ちゃん、家康をお願いね。」
…なんて余計な事まで言って。
奏信様の寝息だけが聞こえる静かな部屋で、俺はそっと湖都を見た。
『軟膏、つけたの?』
『あ、はい。昨晩も今朝も付けました。』
『無くなったら言って。補充するから。』
『そんな!これで十分です。』
『別に、いらないならいいけど。』
あぁ、やっぱり優しくなんて出来ないんだ。
『あ、いえ。そういうつもりは…。お忙しい家康様のご迷惑かと…』
『迷惑なんかじゃない。さっき、咲が言ってたけどあんたの働きは皆認めてる。…だからこれは、褒美みたいなもんだから。』
『はい。』
はぁ。なんなんだよ、まったく。
責めてるわけじゃないんだ。…ただ、笑ってほしいだけなのに。
『…髪飾り、あんたも付けるの?』
『はい、あさひ様が私にもと。』
湖都が嬉しそうに答えた。
『俺もあんまり知らないんだ。梅大祭。』
『え?』
『昔は梅大祭は、梅を見ながら和歌を詠んで酒を飲むだけだったけど、新し物好きの信長様だからね。城下の菓子屋が出す梅の甘味の品評会とかあさひの髪飾りとか、毎年何かしら変わるから知らないことも多い。』
『そう、なんですか。』
『甘味の品評会なんて、よくわかんないし。城下では桜の花枝を意中の相手に贈るとか、なんか盛り上がってる。』
『花枝を贈る…』
『なに、意中の相手でもいるの?』
『あっ、いやっ。そんな…、今までそんな事考える暇がなかったものですから、…憧れます。』
『あぁ、弟や妹の世話をしてたんだっけ?悪い、さっきの話聞こえた。』
『朝から夜まで子を育てているようなものでしたから。』
『苦労したんだ?』
『大変でしたし、梅大祭のように私は世の中を知らなすぎますが、弟や妹達のお陰で今の私が居ますから。』
そう言って俺の方を向いた湖都の眼は澄んでいて、俺は何故か安心した。何処か少しだけ、俺の昔の記憶と似ていなければいいと願ったからかもしれない。
『そう、なら良かった。』
俺は、湖都の頭を撫でた。
『…っ!』
俯く湖都の頬は、梅のように紅らんでいて、自然と俺も頬が緩む。
『手、かして。』
『え?』
『軟膏塗るから。』
『…はい。』