第16章 唐物の赤い壺の秘密 前編
「うーん、どうしよ?」
締め切った部屋の襖からは、きらきらと陽の光が射し込んでいる。普段なら、襖を開けて穏やかな風を招きながら針仕事をすすめるのだけれど。
今、私の目の前には天守に飾られていたはずの高価な壺が置かれている。
底を数センチくらい残して、口の部分から斜めに割れた状態で。
「ぱっくり、だもんなぁ。」
私は綺麗に割れた部分を眺めながら、事の始まり、数刻前を思い出した。
※※※
軍議が終わっても、秀吉さんと三成くんと話し込む信長様の邪魔をしてはいけないと、部屋に戻る事を簡単に告げる。
『あとで、膝を貸せ。』
深紅の瞳で射ぬかれれば、昨夜やその前の愛された記憶を呼び起こすして、体が熱くなる。
秀吉さんと三成くんに見られていることが恥ずかしくて、小さく呟いて、急いで広間を出た。両手を頬に当てて小走りで廊下を進む。
それが、…いけなかった。
きちんと前を向かずに、角を曲がってしまい、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。
がちゃん!
『ひぁ!』
「わぁっ!」
「ごっ、ごめんなさい!」
『いえっ、申し訳ありません!…あぁっ!』
「え?…あぁっ!」
ぶつかってしまった女中さんと私の間には割れた朱い壺が。
『た、大変。…どうしましょう。』
「怪我は?切ったりしてませんか?」
『は、はい。私はなんとも。姫様は?』
「私も大丈夫です。ごめんなさい、きちんと見てなかったから。」
『いえ、私も壺にばかり気を取られておりました。…どうしましょう。こんな高価な壺、私は…、どうしたら…。』
それは、朱い下地に真っ白な椿が描かれた壺で、先日の私のお披露目のあとに謁見に来られた大名様から頂いたものだった。
そんなに大きくなく、私でも持てるくらいで、口も広く花を飾ると言うよりは、目で楽しむために作られたような壺だった。
描かれた白い椿が、斜めにぱっくり割れている。
底まで割れていなかったが、口の部分が斜めに割れていれば壺の意味はなくなるだろう。
欠片を集める女中さんの手が震えていた。
きっと、これがばれたら、この人はこの城にいられない。
いや、もっと大変なことになるかもしれない。
「この壺、何処へ運ぼうとしてたんですか?」
私は小さな声で女中さんに尋ねた。
『ほ、宝物庫にと…』