第1章 二人の距離
『…そんなことって! 其処まで言わなくても!』
あさひの宴が終わって幾日かか過ぎた頃のある日。
軍議の後、武将達が広間を出ようとした時の事だった。
『え、なに、今の声?あさひ?』
『あさひ様と信長様でしょうか?』
『秀吉、どうしたのか聞いてこいよ。』
『あ、…いや。なんか入り込めそうな感じじゃないんだよなぁ。』
『お前、織田軍の右腕で、あさひの兄貴だろ!
ほら、行けって!』
強引に政宗が、二人の方目掛けて秀吉の背中を押した。
『あ、おい!』
どたっと、つまづきながら二人の間に秀吉が入る。
『…あぁ、どうした?あさひ?大声なんか出して。』
秀吉があさひの顔を覗くようにして言う。
しかし、あさひは信長の方を向いたまま。
『あ、あれ、秀吉さん、無意味かも。』
『小さなあの体から湯気立つのが見える。姫は、ずいぶんご立腹のようだな。』
『え?光秀様、真ですか?私には全く湯気など…』
『ふん、三成。精神を統一するのだ。そうすれば見えてくる。』
『は、はい!』
『光秀さん。三成をからかうのやめてください。』
『あさひ、どうした? 信長様に向かってそんな目付きで…』
『お、秀吉が諦めずに続けたぞ。』
政宗の一言に、また全員が上座に視線を送る。
『思ったことを言って何が悪い?』
「信長様には、どうでもいいことって事ですね!
わかりました。
明日のお約束、無かったことにしてくださいね!もう知りませんから!」
『お、おい。あさひ、言い過ぎだぞ。
約束って、なんかあったのか?』
「…何なの?秀吉さん。途中から出てきてわかったふりしないで!馬鹿!」
『ば、馬鹿…。』
あさひはそう言うと広間から飛び出していった。
『あぁー。あれ、再起不能かも。』
『俺は、行くぞ。』
『あ、俺も。このままだと軍議が再開になる。』
『げ、面倒。三成、ほら行くよ!』
『湯気が…』
『いいから!お前が馬鹿だ!』
そうっと、広間を出ようとする四人の背に向かって、威厳のある低い声が響く。
『貴様ら、…座れ。軍議だ。』
『はぁー。』
二人の喧嘩なんて知らねぇよ。
信長様、ご自身で解決してくれ。と誰もが思った。
あさひの湯気がわからず首をかしげる三成を除いては。