第6章 合宿
「…若槻サンは知らないと思うけど、俺実はこう見えて売れっ子モデルなんスよ」
『へぇ、そうなんだ。凄いんだね!』
「凄いんスよ!…って、それだけッスか!?もっとこう…握手してくださいとか無いんスか!?」
俺が慌てて言ったもんだから、彼女は驚いたように俺を見た。
『えっと…黄瀬君は本当にそう言ってほしいの?』
「え…」
『あたしにはそうは見えないけどな。それに黄瀬君は黄瀬君でしょ?モデルってのはよく分からないけどさ、今あたしの目の前にいるのは、バスケが大好きなただの中学生の黄瀬涼太君。あたしはあたしが目にしたことしか興味ないんだ』
だからモデルのことはごめんね、と彼女は謝る。そんなことはどうでもよかった。俺の中で分厚かったはずの巨大な壁が、大きな音をたてて崩れ落ちていった気がしていたから。
「謝らないでほしいッス。むしろ感謝するッス。ありがとう」
若槻さんはにっこりと笑うと、どういたしましてと更に笑った。
俺は確かに彼女に惹かれた。優しく笑う彼女の笑顔に一目惚れしていたことも事実だったと思う。けれど今は違う。心の底から彼女に惹かれた。ちゃんと俺自身を黄瀬涼太として見てくれる彼女に。
「本当にありがとう、朱音っち!」
『…っち?』
「俺、尊敬する人にはつけるんス!じゃあ俺はそろそろ寝るッス。睡眠不足で赤司っちに怒られるのだけは御免ッスからね。朱音っちも早く寝るんスよ!」
『クスッ、うん。ありがとう。あと少しで終わるから大丈夫だよ。おやすみなさい』
いつか、彼女の笑顔を隣でずっと見れる日がくることを祈った。彼女はとても魅力的で、周りには強力なライバルが多すぎる。負けないッスよ、と闘志を抱き俺は眠りについた。