第18章 そしてWCは伝説となる
『お待たせ、征ちゃん』
「…やぁ。急に呼び出してすまないな、朱音」
『ううん、ちょうどインターバルだったし。けどアップしなくていいの?』
「必要ない。試合前にきちんと調整するさ。それより…僕は今どうかしてるみたいだよ」
僕は朱音の手を掴み自分の心臓へと当てた。朱音の手を介して伝わってくるのはいつもより早くて大きい自分の心拍音だった。朱音は優しく僕の胸を撫でてくれる。
『緊張…してるわけじゃないよね。征ちゃんの表情からすると…うん、1番似合うのは楽しみって感情かな』
どう?と言うように不敵に笑う朱音の顔はとても可愛かった。と同時にとても安心できた。
「あぁ、その通りだよ。さすがは朱音だ。そして僕はおかしいのか?」
『おかしくないよ。昔の仲間とは言え今は敵。征ちゃんが認めた好敵手と戦うのは楽しみだと思うし』
「そうか、ならいい。久しぶりに僕もスタメンとして出てみよう。朱音」
朱音の名前を呼ぶと返事を待たずに抱きしめた。ここはいつもの誰も来ない2人だけの空間ではない。だがそんな事はもう関係なかった。朱音もそれを分かったのか、抵抗するのをやめた。
『…もう人が来ちゃうよ?』
「それでもいいさ。明日には隠す事でもなくなる」
朱音の匂いは安心すると同時に元気も出てくる不思議な香りだった。
『征ちゃん』
「…何だ?」
『頑張ってね、応援してるから』
「…君は僕の事を応援しないんじゃなかったのか?」
『…気が変わったんだよ。誠凛とやる時は分かんないけど』
「十分だ。それじゃあそろそろ戻るよ。ありがとう、朱音。また後で」
『うん。…って話してくれなきゃ戻れないよ』
「すまない、どうやらまだ離したくないみたいだ」
『ふふっ、何それ』
暫く抱き合い続け、どちらともなく体を離した。朱音が去った後、彼女の名残を感じながらも、1人の存在を認識しながら控室に戻った。