第9章 あっという間に…
柄にも無く、掌がじっとりと湿っていくのが分かる。最愛の女性を今、この腕で抱きしめているのだ。緊張しないわけがない。彼女が今、僕の顔を見ていなくてよかったと心底思う。僕の顔は自分でも分かるくらいに真っ赤だったはずだから。
『征ちゃん…』
「…すまない」
暫くの間、僕たちは抱き合っていた。さすがに恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にさせた朱音の顔が僕の目の前に現れた。
「くくくっ…まるでゆでだこだな」
『なっ!征ちゃんだって!』
僕は久しぶりにこんなに笑った。朱音の前になると、不思議と消えていたさまざまな感情がどんどん溢れていくようだ。暫く笑ったあと、本題に入る。
「大輝のことだが」
『…うん。結局去年の夏、余計なことしちゃったね。ごめん』
「朱音のせいじゃないさ。それに僕はあれが間違いだったとは思っていない。結果大輝は強さを手に入れた」
『…つくづくバスケだと気が合わないね、征ちゃん』
それはそれで面白いんだけど、と彼女は少し寂しそうに笑う。結局その話はそれだけで終わった。彼女のことだ、きっと僕の考えに納得はしてくれないだろう。それでも彼女は何も言ってこない。僕たちにはこれで充分だった。
『それと、綾今年も間に合わなかったって。征ちゃんに伝えてほしいって言われたんだけど…どういう意味?』
「そうか。気にすることじゃないさ。どちらにしても、僕の気持ちは変わらないからね」
片岡はバスケも僕のことも、朱音には負けないと言っていた。それが間に合わなかった。とりあえず今年1年は僕と朱音の時間の邪魔をされなくて済みそうだ。