第8章 全中で
第4Qも残り5分を切っていた。それなのに朱音さんと神守さんは颯爽とコートに入っていった。僕たちの言葉はきちんと彼女に届いたのだろうか。きっと届いている。だけど僕は見た。最後に朱音さんの表情が少しだけだけど歪んだのが。
「どうしたんスかねー、朱音っち」
黄瀬君の言葉にハッとした。何故今さら彼女がコートに立つのかについての疑問かと思ったが、その考えはすぐに捨てた。黄瀬君を始めとする全員が心配そうに朱音さんを見ていた。そして次に最後に朱音さんが見た方向を見る。
「っ!?」
「?どうした、テツ」
「いきなり立つな、黒子。後ろの人に迷惑がかかるのだよ」
青峰君と緑間君の声が遠くに感じる。そして嫌な汗が流れるのがやけにリアルに感じられた。いきなり立ち上がった僕に気が付いたその人は、少し驚いたような表情をした後、口に人差し指を真っ直ぐにあて、ニッコリと微笑んだ。少し落ち着いた僕は軽く会釈を行い、席に座った。もちろんそんな僕に皆から質問が飛び交う。だけどこれは僕の口から伝えるものではない。彼女たちの間にあるモノは、僕が計り知れないものだから。
「すいません、後できちんと説明してもらいますから」
「…分かった。ここはテツヤの言葉に従おう」
赤司君の言葉に、皆はしぶしぶ納得してくれた。そして鈴城と桜蘭の試合は、朱音さんと神守さんが入ったことにより、113対42という圧倒的スコアで勝利した。
会場からは盛大な拍手が送られる。きっとこの会場にいるすべての人が朱音さんのプレーに目と心を奪われたに違いない。彼女以外は。彼女の姿をもう一度確認しようと思った時には既に時遅し。もうそこにはいなかった。溜息をつきそうになった時、どこからともなく声をかけられた。
?「久しぶりだね、黒子君」
「!?…お久しぶりです、片岡さん」
「「「「「!?」」」」」」
突然の挨拶に驚く帝光の皆と、ふんわりと笑う彼女、片岡綾(かたおか あや)さんの姿があった。