第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
どうしてこんな懐かしい話をしているときに、そんなことを言い出すの?
思わず動揺して、声が震える。
「ま…待、って、そんなのおかしいよ、この歳の娘と父親は普通、一緒にお風呂になんて入らないよ」
「何言ってるんだ、俺は華の父親じゃないぞ。恋人同士が一緒に風呂に入ることの、何がおかしいんだ?」
「は……?なに、言って…それは昔の話で、今は違うでしょ?」
「昔も今も関係ないよ。俺と華の関係はあの頃から何ひとつ変わっていない。俺はきみを愛してる。きみも俺を愛してくれているだろう?」
「おかしいよ!さっきから、何を言ってるの…?どうしちゃったの…?」
そう言っても炭治郎は真剣に、本気で不思議そうに首を傾げている。
炭治郎の瞳には何の曇りもない。それが恐ろしかった。
炭治郎が何を言っているのか、何が言いたいのか、分かりたくなんてなかった。
炭治郎は優しく私の頭を撫で付けて、ぐずる子供をあやしつかせるように落ち着いた調子で言葉を続ける。
「彼女が死んで、俺はもうこれ以上きみと親子の関係を続けなくてもいいんだ。"妻"が居なくなった今、俺は"夫"という肩書きから外れる。現に今、この家には俺と華のふたりだけだろう?これからはふたりで生きていけるんだ。俺と華だけで。あの頃みたいに、俺達は愛しあえる」
立ち尽くす私の体を抱き締める炭治郎。私の匂いを嗅いでいるのか、肩に顔を埋めて深く息を吸っている。そして耳元に恍惚とした吐息がかかった。
「やっときみに触れられた。好きだよ、華。大好きだ。誰よりも、何よりも、俺はきみだけを愛しているよ」
炭治郎の言葉が絡みつくように頭の中に響く。まるで毒のようだ。
抗う気力すら全てどろどろに甘く溶かされてしまいそう。
この魅惑的な毒を受け入れたら、きっとラクになれるだろう。
幸福に満たされるだろう。
だけど、私の心はもう、あの人と炭治郎の娘として生きていくと決めたんだよ。
もうあなたを恋人として受け入れる訳にはいかないの。
愛しい人の体を突き放すのはこれで何度目だろう。
その度に悲しそうな目を向けられる。今もそうだ。心苦しい。
突き放すんじゃなく抱き締めたい。この人を受け入れられたらどんなに良いだろう。
でも、それでも、これだけは譲れない。