第6章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「中編」
次の日、善逸と禰豆子ちゃんにあの人が旅行に行くことを伝えた。
善逸は凄く心配してくれて、禰豆子ちゃんは気を使ってくれた。
そんな顔をさせるつもりで話したんじゃないのに、なんだか申し訳なかった。
特に善逸はずっと顔をしかめていて、別れ際に念を押すように
「気を付けて」
と短く私に言った。
耳の良い善逸のことだからなにか思うところがあるんだろう。
でも、私はいい加減に炭治郎と向き合わないといけないから。
「ありがとう。善逸は本当に優しいね」
と笑って返すと、また善逸の顔が険しくなった。
私いま、そんなに酷い音をさせているのかな?
....自分のことなのによく分からないや。
そして、
あの人が旅行に立った日の夜、炭治郎が私の部屋を訪ねてきた。
「華」
ドアの向こうから私を呼ぶ愛しい人。
胸が苦しい。耳を塞ぎたい。
簡単に跳ねあがる心臓を縛り付けたい。
今すぐここから逃げ出してしまいたい。
でも逃げたら駄目だ。もうずっと逃げっぱなしじゃない。
頑張るって決めたんでしょう、華。
「なに?」
「部屋に入ってもいいだろうか」
「…うん、ちょっと待って」
ドクドクと煩い心臓を落ち着かせるように深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
それを何度か繰り返して漸く部屋のドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は自分のベッドに、炭治郎は私の勉強椅子に腰掛ける。
もう50手前だというのに目の前の人は老いを知らない顔をしている。
童顔なんだな、とふと愛おしさがあふれてきて思わず笑みがこぼれそうなのをなんとか堪えた。
これは娘が父親に向ける顔ではない。
違うだろう、私達は、そうじゃないだろう。
「どうしたの?」
「どうしたってことは無いんだが…華の顔が見たくなって」
「…そう」
「最近学校はどうだ?勉強でどこか分からないところはないか?友達とは仲良くやってるか?」
おそらくそんな意図はないのだろうけれど、親らしい言葉を並べる炭治郎にピリッと頭に嫌な痛みが走った。この痛みにもはやく慣れないと。我慢しないと。