第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
ある日の夜、私はあの人とふたりでテレビを観ていた。この人と並んで過ごす日が来るなんて思ってなかったな。これも私の努力の賜物だ。
番組に映し出されていた温泉街をみてあの人が「あ、」と声をあげる。どうしたのと聞くと、「この間中学の時の友達と会った時に誘われたのよ、ここにみんなで行かないかって」と答えられた。
なんでも友人のひとりが知人からこの温泉街への宿泊券を貰ったそうだ。
「中学の時って、それから会ってなかったの?」
「ええ。高校はみんなバラバラだったし、自然と疎遠になってしまって」
「ふうん」
「4名様2泊3日の招待券なんだって。その時会ったのも4人だったから、ちょうどいいでしょって言われて。でも断っちゃった」
「どうして?久し振りに会えた友達なんでしょ?」
「うーん…一応ね、考えておいて、とは言われてるのよ。だけど…」
「家のことを心配してるなら大丈夫。私ももう高校生だし、家事くらい出来るよ。それに次にいつ会えるかなんて分からないんだから」
「華…そうね、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
彼女は嬉しそうに笑った。やっぱり本心では友人達との旅行に行きたかったんだ。友達は大事にしたほうがいい。
だけど彼女を送り出すということは必然的に炭治郎とふたりきりの期間が出来てしまう。それは正直言うととても億劫だった。
ただ、自分の為にこの人に何かを我慢して欲しくはない。
大丈夫、今日まで頑張ってこれたんだもん。むしろこれを乗り越えられたら私は今よりもっと頑張れるはず。もういい加減にちゃんと親子にならないと。
すると炭治郎が嬉しそうに「いいんじゃないか。この子の事は俺に任せて、ゆっくり羽を伸ばしておいで」と私の肩を抱き寄せて笑うのでとてもじゃないが私も他の子の家に泊まりに行こうかな、なんて言えなかった。
「日程はいつなんだ?」
「一応来週なんだけど…」
「その友達もきみからの連絡を待っているだろう。俺達のことは気にせず楽しんでおいで」
「ええ、そうさせてもらうね。ありがとう炭治郎さん。」
話している間も炭治郎の手は私の肩に置かれたままだった。
親子の距離を取りたいのに、何故か恐ろしくてそれが出来ない。以前とは違う意味で彼の顔が見れない。
背筋が凍るような、言い知れぬ恐怖を感じる。
とても嫌な感じだ。