第5章 残酷な世界の中で。『竈門炭治郎』「前編」
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
助産師さんが妻の腕に抱かれていた赤ん坊の体を綺麗に拭いてタオルにくるみ、その小さな命を俺に預けてくれる。
我が子を抱き上げその顔を覗き込むと、たくさん聞こえていた産声がピタリと止んだ。代わりに生まれたばかりとは思えない程両目をパチリと開けてじっと俺を事を見つめている。
その瞬間、俺にはわかった。
この子は彼女なのだと。
そして赤ん坊はまた大きな声で泣き出す。
とても大きな悲しみの匂いをさせて。
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かつて、俺が愛した人。
俺を愛してくれた人。
「炭治郎、私、炭治郎のことが好きだよ」
優しくて、強くて、賢くて、可愛らしくて、すべてが愛おしくて、一緒にいると心がぽかぽかと温かくなるお日様みたいな人。
「じゃあ私達、お揃いだね。だって私にとっては炭治郎もお日様だもの。一緒にいると安心するの。ねえ、これからもずっと私といてくれる?」
ああ、もちろんだ。
そんなの決まってるじゃないか。
俺はもうきみ無しでは生きていけない。
ずっと俺と共に生きてほしい。
これからもきみを一番近くで愛させてくれ。
たとえ、魂だけになったとしても。
ずっとずっと、きみだけを。
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「ふふ、あなたも泣いちゃった?目元が赤く腫れてるわ」
声を掛けられてハッとする。顔を上げると妻と目が合った。私もよ、と笑う妻は疲労と達成感に満ちた顔をしていた。
うん、泣いたよ。たくさん泣いた。だけどごめん、きみとは違う理由なんだ。これは悲しみの涙なんだ。後悔の涙なんだ。懺悔の涙なんだ。違うんだ、すまない、違うんだよ。
そんな心の内を悟られないように、俺は曖昧な表情をつくって妻に向ける。
「そうだわ、あのね炭治郎さん。この子の名前、華にしようと思うの」
「え…」
「あなたが一番に考えてくれた名前だもの。きっと優しくて素敵な良い子に育つわ。そう思わない?」
妻が提案したのは彼女の名前だった。
どこまでも俺に優しくない運命に怒りすら覚えそうになったが、その気持ちはすぐに萎んだ。
だって、この現状を作り出してしまったのは他でもない自分自身なのだから。