第9章 あなたとりんね 【転生現パロ】
普段の集中力はどこへやら。
感情が錯綜し、うまく頭が回らない。
細かいギンガムチェックの壁紙がぐにゃりと歪むような、彼女の赤いオフショルダーが滲むような、そんな焦燥が私を支配する。
まずい。何か言わないと。
私は湿った手のひらにきつく爪を立て、なけなしの声を振り絞った。
「えっと、ごめん」
「失礼でしたらすみません、私たちお会いしたことありましたっけ?」
「…ああ、ない、ないんだよ」
「……じゃあ、あの、どうして名前…」
ダメだ。いよいよ怪しい。
馬鹿みたいな返事を繰り返す私に異常を感じ取ったのか、彼女は言葉を飲み込み、会釈をして横をすりぬけようとした。
再び漂うどこか懐かしい甘い香りに、私は現実に立ち返る。
。やっと会えたのに、いかないでよ。
二度も私を置いていかないでくれ。
「待って!!」
周りに人がいることなど忘れ、彼女の手首を掴んだ。
ふくらかな感触、ぬるい体温……この期に及んで私は、が実在しているという事実に胸を高鳴らせてしまう。
「私の名前はハンジ・ゾエ。理学部生物学科の院生だ。
突然で悪いんだけど、君に興味がある。連絡先だけでも教えてくれないかな」
「は、……え?」
なんだこのナンパ染みた言動は、と、すさまじい自己嫌悪が沸き上がる。
最悪な言葉選びなのは自覚済みだ。何を言っても胡散臭い。
でも、この状況で紳士的な振舞いなどできるわけがなかった。
案の定気圧されている。
しかし、公然とする場をおさめようとしたのか、思いの外すんなり携帯を取り出した。
「じ、女性……ですか?」
脈絡のない質問に詰まるも肯定する。
すると少し安心したふうに、目の前の少女は口元の強張りを緩めた。
「ありがとう…連絡するよ」