第9章 対話、それぞれの都合
「はい、お茶」
「ありがと」
「さっき加藤さんも少し言ってたけど、お前、なんかあったの?」
「え? 何も無いですよ」
瑞稀と逸巳はどうやら道場での事を話しているようだ。
「お前の場合、受けが甘い分思い切りの良さが持ち味なんだけど、さっき闘った時どこか迷いがあった。 もしかして最近ずっとじゃないか?」
「……そうかも、知れません。 身体を少し絞って調子は悪い訳では無いんですが」
「身体が変わってやり方のスタイルが変わる事はよくあるが、そんなのはもっとやり込んでる場合の話だ」
澤子は二人のやり取りを聞きながら、自分も最近の逸巳は少しおかしい、と感じていた。
いつもより口数が少ないし、二度ほど朝方に帰って来た事がある。
誰かいい人でも出来たのかな。
澤子はそんな風にも考えたが、なんというか、逸巳の様子は瑞稀のいう通り、微笑ましくて前向きという雰囲気でもなかった。
何か力になれる事なら相談にでも乗りたかったが、澤子もその手の事で人にアドバイス出来るような人間ではない。
付き合った事が無い、とこないだ言っていたけど、おそらくそういうものを抜きにしても同性の瑞稀の方が適役だろう。
澤子は話し込んでいる二人をそのままに、席を立って夕食の準備を始めた。