第8章 ひと月の性愛
「瑞稀か、入れ」
高雄はソファに腰掛けながらロックグラスを傾けていた。
「酒なんか珍しいな」
「……じき母さんの命日だ」
「もうそんな季節か」
瑞稀は母親とは面識が無い。
高雄が喰ったというが、本当かどうかは分からない。
ただこの季節になると毎年高雄は一人で酒を飲んだり物思いにふけったりして過ごしている。
そして命日には母親の写真の横に白い小さな菊のような花がたくさん飾られる。
高雄は再婚をしなかったし、恐らくこれからもする気は無いだろう。
瑞稀は母親の事で高雄を問い詰めたり責めた事は無かった。
「一ヶ月だ。もういいか?」
「……そうだな。 でも、少し残念だ」
「残念?」
「あの娘はお前に合うと思っていた。 資質も性格も」
「それは間違ってない」
高雄は目を細めて瑞稀を見詰めた。
瑞稀にいつもの『怒り』が無い。
「……いいだろう」
「女がいれば俺は喰わずに済むのか?」
「残念ながらずっとは無理だな。 だが、異性を欲する事は自然な事。 その辺りは普通の人間となんら変わりは無い。 己で行動して見極めろ」
「……わかった。 ただもう、こういう事は止めてくれるか」
「それはお前次第だ。 私の中の優先順位は妻が死んだ時から決まっている」
瑞稀は何も言わずに部屋を後にした。