第8章 ひと月の性愛
「あ、瑞稀くん凄く美味しいよこれ」
自室に入ると美和がローストされた肉の塊を口に頬張っていた。
「食べないの? あれ? ていうか、あたし瑞稀くんが食べてるとこって見た事ない」
「うん」
瑞稀は小さな肉を一切れ摘むと口に放り込んだ。
親父ほどではないが、これも以前のスポンジみたいな味よりマシなようだ。
「ん、ご馳走様! 美味しかった」
美和は行儀良く手を合わせて食事を終えた。
瑞稀は椅子に後ろ向きに座ってそれを眺めていたが、美和に向き直って言った。
「美和、もう終わりにしたい」
一瞬驚いた顔をして、美和はすっとそれを引っ込めた。
「そっか。 なんか様子おかしいと思った。 理由を聞いても?」
「好きな奴が出来た」
「………………」
「ごめん」
「ずっと一緒にいたのに? なんで?」
「美和といて楽しかったよ」
「瑞稀くん、ちゃんとあたしの事見てた?」
「うん」
「嘘だ」
「いくらでも謝る」
「そんなの要らない」
瑞稀が美和に近付くと、美和は後ずさった。
小さな肩が震えている。
「……じゃ、このままで続ける?」
美和の両側の壁に手をついて瑞稀が微笑んだ。
「俺はいいけど」
「────!!」
パン!!と大きな破裂音がし、美和は怒りのこもった瞳で瑞稀を睨んだ。
「最低!!」
そう言い捨てて美和はバッグを持って瑞稀の部屋から飛び出していった。
間もなくバタン!と家の玄関のドアが閉まった音がした。
「はは、あんなちっさいのに凄ぇ力……」
美和に頬を張られた時に少し口の中が切れたらしい。
だけどやはり美和を傷付けた。
初めてここで会った日のように瞳に涙をいっぱい溜めていた。
共に過ごした時間の分、それは突き刺さるような痛みに変わった。
想像はしていたが、かなり堪える。
「……美和、済まない」
瑞稀は俯いたまましばらくの間部屋に立ち尽くしていた。