第6章 平穏さにこそ潜む
逸巳の家は駅を挟んで瑞稀の家の反対側、歩いて数十分という所だった。
もう周りは暗くなっていたが道場からは近いので二人で歩いて向かう。
「そういえば、瑞稀さんって他に何か格闘技やってますよね?」
「大体一通りは…流石にボクシングとかそういうのは無いが」
「やっぱりその方向に進むつもりで?」
「いや、というか、親の教育方針てやつかな。 お前は? かなりいい体してると思うけど」
「僕は……力の使い方を知りたかったんです。 昔、人に怪我させた事があって」
「俺もその気持ちは分かる。 でも怪我させたって、なにか理由が?」
「……守りたい人がいたから」
他人より恵まれた体。
それは彼女か何かだったんだろうか。
逸巳には理由がある。
「そういうのって凄いと思うよ」
「え、どこが? 僕なんて全然ですよ!」
瑞稀が父親に劣っていると感じる所もそこにあった。
自分には理由が無い。
多少の強さがあろうとも、このちっぽけな拳は何の為にあるのだろう?
ただ忌まわしい血が流れる身体や精神を鍛えて、先に家を継ぐ気もないこんな自分は、何の為にそうするのだろう?