第1章 小田瑞稀
瑞稀は無言で頑丈なドアを後ろ手で閉めた。
天井の高い書斎のような落ち着いた部屋だが、そこは広く豪奢な装飾が壁や天井に誂えてある。
「なんだ、また食事をしなかったのか」
「あの女を離してやれ。 それから、俺に『それ』を押し付けるのは止めてくれ」
部屋の奥のデスクに両ひじをつき、男はやれやれという風に首を振った。
「お前ももう十九だ。 いい加減輸血用の血液だけでは身が持たないだろう?」
「人の肉なんか食いたくねえよ」
「生き物を喰らうのは自然な事だ。 陶酔のうちに死が訪れ、愛する者の血となり肉となって生き続ける。 お前の母親だって今は私の一部となっている」
静かに話す瑞稀の父、小田高雄はもう五十歳を超えているはずだが、どうみても三十そこそこにしか見えない。
裕福な小田の一族は実業家として代々栄えている。
その家業を支える当主は知力、体力、精力、胆力、活力に優れ、そしてその源は人間の女達の肉体だった。
つまり小田は人喰いの一族なのだ。
「瑞稀、お前は誤解している」
高雄が椅子に深く背をつけた。
はあ、というため息が癪に触った。
「私は女性を崇拝している。 彼女達は私達を産み、私達の糧となる。 その代わりに私は彼女らが望む以上の深い愛と快楽を彼女達に授け、そこから享受するエネルギーでこの世界を回している。 うちが多くの慈善事業を手掛けているのも知っているだろう」
彼の言葉に鼻白んだように瑞稀が答えた。
「じゃあその情け深さを、俺の部屋の女にも分けてやったらどうだ?」
「お前はたった一人の跡取りだ。 早く自覚を持ってくれないと。 では逆に聞くが、喰われないで死ぬのなら、彼女は何のために生まれてきたんだ? 無駄に土塊になるためか?」
「……あんたとは話にならない」
瑞稀は音を立ててドアを閉め、その部屋を後にした。