第1章 小田瑞稀
その夜は屋敷中に女の嬌声が響いた。
「くそ……」
ベッドに横になりながら瑞稀は悪態をついた。
瑞稀は普通の人間の食べ物も口にするが、基本的にはそれを受け付けない。
今の所は毎日届けられる輸血用の血液で体を維持している。
確かに思春期になった頃から自覚はあった。女の腿や胸、首筋に、通常の性欲に混ざった奇妙な感覚のそれを覚えていた。
だが、今日花屋で会った女。
瑞稀があんなに明確に『食欲』を意識したのは初めてだった。
そんな自分に対する嫌悪感、寧ろ吐き気が胃や胸に拡がる。
瑞希は写真でしか知らなかったが、彼の亡くなった母親の笑顔を思い出す。
───それでも愛する者は慈しみ守るべき存在では無いのか?
俺は何故生まれてきたのか?
やがて先程から聞こえていた女の声はぷつりと途絶えた。