第3章 健全な精神は健全な肉体に宿りかし
混み合う電車が苦手なのには理由があった。
左脚の障害はいつもは走れなかったり少し引き摺る位で、それ程生活に支障はない。
だが電車内で座れず吊革にも掴まれない状況では踏ん張りが効かず、不安定で危険な状態となってしまう。
「すみません」
走り出した電車のガタンという音と共に軽く前のめりになり、前の人にぶつかり舌打ちをされる。
心臓がどきどきする。
……次で降りようか。
澤子が逡巡しているうちにそれを告げるアナウンスと同時に今度は電車が急停止した。
「あ。」
彼女が後ろに倒れそうになる瞬間、なにか堅い棒のようなものが澤子の背中を支えた。
見ると誰かが咄嗟に腕を出してそれを止めてくれたらしい。
「す、すみませ……」
澤子は小声で謝り腕の主を見上げた。
この人は……
こないだ仕事場の花屋でガーベラの花束を私にくれた人だ。
「危ないから俺の服でも袖でも掴まるといい」
「あなたはこの間の……」
彼女達の話し声で周りの人間がちらりと澤子を見る。
「気にしないで」
彼女の考えが分かるかのように彼は言った。
次の軽い揺れで澤子は反射的に彼のシャツの袖を掴む。
男性はそれを見届けてから澤子から視線を外すと、彼女が居ないかのようにイヤホンを付け直し前を向いた。
「ありがとうございます……」
澤子は小さく呟いた。