第3章 健全な精神は健全な肉体に宿りかし
「お疲れ様。 助かった」
「いえ。 こちらも勉強になります」
瑞稀の師範の一人の加藤というその人物は、人懐っこい笑みを浮かべて瑞稀に茶の入ったグラスを渡した。
瑞稀より二十歳上の彼はこの道場の持ち主であり、瑞稀が十歳の頃から空手を教わっている。
「相変わらず無茶に鍛えてないか? たまには筋肉を休ませないと駄目だ」
「それ程ではないです。 ただ鈍るのが嫌なだけで」
「それでもまあ、全盛期の頃の親父さんと較べればまだまだだろうが」
加藤は元オリンピック代表の実力者であるにも関わらずプライベートな打ち合いでは父親の高雄が勝っていたという。
「今もどうだか……」
見た目と同じく高雄の体力は衰えているようには見えない。
瑞稀は父親と闘った事は無いが正直とても勝てる気がしなかった。
「家の事で悩んでるんじゃないのか?」
「え?」
「そろそろ将来の事を決める時期だろう。 手合わせの時に少し気が逸れてる事がある」
「……すみません」
「こっちの方面に来るのも充分いけるとは思うが、親父さんも多分お前も、それは望んで無いんだろう」
「正直、まだ決めかねてますが」
「とにかくまだ若いんだからもっと遊ぶといい」
──家を継ぐ気は無い。
俺は親父みたいにはなれない。
長い付き合いもあり加藤さんは俺の叔父貴みたいな存在だが、本当の悩みは話せない。
「じゃ、また来週」
瑞稀は礼儀正しく頭を下げた。
「はい」